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無事です

2011/03/16(水) 09:33:15 [HiPsな日々はいつも快晴]

昨日は夜中にも関わらずたくさんの方からメールをもらいました。心配してくれてありがとう。我が家は無事です。結構な揺れだと思ったけど、揺れがおさまってから家の中を見て回ったところ、落下物などもなく、運が良かった。

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昨晩は、初めて計画停電が予定通り実施され

DSC03223.jpg

数時間の停電だけだと、この季節では騒ぎたてるほどのものではない。マンションの人は水も止まっちゃうからもっと大変なんだろうけど、それでも数時間だからね。なんとでもなるレベル。

我が家は、食事&お風呂共に停電前に済ませていたので、ランタンの燃料を節約するためにも7時過ぎには全員就寝。

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あき坊が夜泣きで何度かぐずり起きたものの、地震が発生した時はうとうと寝ていた私たち。何度も続く余震と、ひっきりなしに届くメール(全然普通にメールは使えた)。返信しつつ、子供達の側を離れる気がせず、ひたすらベッドの中でワンセグテレビを見続ける。どんどん目が冴える。政府の提言通り、大地震が発生しても3日間は自力で生活するくらいの備蓄はしたし、登山バッグ2つ分に持ち出し用の備品を詰めたし...と思いつつ、着替えとおむつはまだ入れてないな...など色々考えだすとさらに目が冴える。

とか言いつつ、ふと気がつくと午前5時。いつの間にか寝ていたらしい。温かい布団に包まれて普通に眠れることの幸せ。

そんな中、被災地では雪が降り出したとの知らせ。

そういえば、12年前に宮城県で暮らし始めた頃(5月だった)は、GW明けだというのに横殴りの吹雪で、目の前の景色が信じられなかった。地元の人は誰一人ストーブなんて使わない時期にも関わらず、寒くてたまらず、会社に頼んで特別に石油ストーブを用意してもらい、結局7月までは朝晩使い使い続けた。あの時は「東北の人は寒さに強くてすごい」と能天気に感心したものだった。

今は3月。避難所では灯油が圧倒的に不足していて、被災者の低体温症を危ぶむ声が聞こえてくる。きっと今の私がその場にいたら、寒さのあまり平常心を失っているに違いない。

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今朝。少々肌寒かったけれど暖房は入れなかった。限りある資源という言葉が身にしみる。ガソリンを節約するためにも買い物は徒歩で行けるところに行こうと思う。こういう当たり前の節約生活が地球の資源を守るのだと実感する。

1ヶ月前の日記(隔週で出かける温泉旅行日記とかね)を読むと、あきれるくらい、まぶしいほどに能天気。

連絡が取れない友人を思い涙をにじませる今の生活となんとかけ離れた世界だったのか。

でも、ブログの中で輝く我が子のとっておきの笑顔、家族で大笑いした日々。あの能天気さが好きだった。

そんな愛すべき能天気さを守るために、これまでそれなりに努力もしてきたつもりだった。

だからこそ、全てを根こそぎ奪われて呆然とたたずむ被災者の皆さんの姿を見ると震えが止まらない。明日その場に立ち尽くすのは自分かもしれない。その時自分は何を思うのか。それとも、自らの死を覚悟する時、私は何を思うのか。

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今東北で起きていることは、テレビの向こうの世界ではない。

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募金もした。毛布も送った。友人が属する団体を通して近々ミルクや洋服を送る予定。次は何ができるのか。

想いを巡らせた先にあるのは、

今生きている人は、亡くなった方々の分まで生きるしかないのだという、使い古された言葉なのかもしれない。

我が子の笑顔を守るために、自分のできることをやっていこう。歴史の中で死んでいった人たちの上に私たちは生きているのだと肝に銘じながら、許される限り能天気に。そしてひたむきに、前向きに。

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